WindRosesEngei / ウィンドローズ園芸株式会社

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2023.01.09

庭師とバラ

バラは庭師が好まない植物である。

これはほとんどの庭師が否定しない事実だと思います。私自身、庭師でもあるので自信があります。その原因として、

第1にトゲがあること。
第2に剪定の方法です。

庭師が剪定するような樹木や低木はほとんど、太く強い枝を切っていき、細く弱いような自然な枝を残していきます。しかし、バラの場合その真逆でシュートのように強い枝を残し弱い細枝は切ってしまうのが普通です。この剪定方法の違いから余計に手を付けることが出来なくなってしまうのです。
私はこの2つが、庭師がバラを敬遠する理由のような気がしています。
そして、たいがいバラが植わっているのはバラ好きのお宅なので、その家の人の方がバラに詳しい場合も多く、庭師にとっては本当に厄介な植物です。
しかしもう少し深くこのことを考えていくと、これまで庭師がバラに触れてきていないのは何故かという疑問にぶち当たります。

日本に自生するバラは16種類  注1)と以外に多く中国のコウシンバラなども古くから日本に入ってきていたようです。しかしながら、これまでの日本庭園にバラが植わっているイメージは全くありません。それは何故なのでしょうか?
これは文化的なものが根底にあるのかもしれません。

そこで、お茶の席に飾られる茶花というものを見ていきたいと思います。
茶花には禁花(きんか)というものがあり、その内容   注2)

・においの悪い花、強すぎる花
・名前の悪い花(別名をつかって生けることがある)
・果実類
・四季を通じて咲くもの、派手な花、返り咲きの花。
その他にも

・枯れた花。
・掛け軸、びょうぶ、ふすまなどに描かれている花。(重複を避ける)
・名前が分からない花。(説明を求められたときに返答できないから)
・昔から禁花として歌によまれている花
など、細かくはまだあるようです。

この禁花とされる項目に
匂いの強すぎる花、トゲの多いもの、四季を通して咲くもの、派手な花、返り咲きの花。なんと沢山の項目がバラに当てはまることかと笑ってしまいます。

しかし考えてみれば、お茶の席でお茶の香りやお香の香りを邪魔するような強い香りのするものは合いませんし、狭い茶室の中でバラのトゲが客人に触れるようなこともあってはなりません。そして、絶えず返り咲く花では季節感が薄れてしまう。

派手過ぎる花というとシャクヤクやボタンはどうなのだろうと思いますが、こちらは高貴なイメージを持たれているようです。そして使い方も美しい蕾の状態や蕾が少し開きかけの状態で使うようで派手さというものをうまく回避しているように感じます。
そして忘れてはいけないのは、茶花は花だけが独立したものではなく掛け軸や道具との取り合わせや調和が大切であるということです。
先ほどのボタンやシャクヤクを使うときを例にあげると、高貴な印象のこの花の花入れは品位の高い中国の青磁の花入れを、そして掛け軸もそれに合わせて、中国の高僧の書のような品格の高いものをという風に合わせるようです。
バラが積極的に茶花に利用されてこなかったのは、
華やかなで派手な印象や、香りやトゲの問題もありますが、他の掛け軸や道具との取り合わせをする上で、文化的な整合性が取れにくいということも理由かもしれません。

例えばボタンは中国の貴族や皇帝が愛した花で、中国の青磁を合わせることで、そこに文化的な厚みがうまれます。
バラにはそれが足りなかったのかもしれません。
もしかしたら、バラが中国の詩や歌によく登場していたら歴史は変わっていたかもしれませんね。

しかしながら全くバラが茶花として使われてこなかったわけではなさそうです。
18世紀後半にはサンショウバラやサクライバラが使われた記録もあるようですし、現代でもナニワイバラなどが使われることもあるようです。どちらにしても一重の楚々としたバラではありますが。

ここまでのことを頭に入れて庭に話を戻すと、古くから残る日本を象徴する庭のほとんどは神社、仏閣の庭であり、茶花と同じような理由からあまり積極的な利用がされなかった。
そしてそのような庭を理想として個人の邸宅の庭なども作られたため、長い間、庭師がバラの手入れをすることが無かったというのが今のところの私の考えです。

しかし日本におけるイングリッシュガーデンブームというものがその状況を壊すきっかけになりました。その中心にあったのはバラだったと思います。
それもハイブリッドティーのような硬い印象のバラではなく、オールドローズやイングリッシュローズのような柔らかい印象のバラです。
これは京成バラ園の入谷さんから伺ったお話ですが
その当時、ハイブリッドティーは菊のように花の美しさを競う競技的な意味合いで男性にも人気があったようですが、オールドローズ的な花形のバラは全く人気が無かったようです。
それらのバラの美しさに気づいて、庭に積極的に入れていったのは女性たちだったと伺いました。このイングリッシュガーデンブームはある意味、日本において女性が庭の主権を握る革命のような役割を持ちました。
そして現在では日本の庭は女性のものになったと言えると思います。
庭に情熱を傾ける人の数は間違いなく女性の方が多いことから分かると思います。
ある意味イングリッシュローズやオールドローズはこの革命のシンボルのようなバラであったのかもしれません。
この男性中心から女性中心への移行から日本の庭の概念は一度解体され新しい方向へと向かったといえると思います。個人的な意見ではありますがこの変化は日本の庭に大らかさ柔らかさをもたらしたように感じます。
そして現在は男性と女性というジェンダーを超えて両者の感覚を行き来して庭が作られている時代だと思っています。それは同時に過去と現在を行き来するようなものではないでしょうか。
考えてみるとこのイングリッシュガーデンブームがおこるまでは庭は本当に長い間、男性主体のものでした。
日本庭園というもの自体男性中心で成立してきたのです。
しかしながら、その美しさを愛する女性も沢山いることも確かです。
これから、わたしたちは日本庭園というものをより深く見つめなおす時期にきていると思います。そして表面的な手法ではなく、より本質的ものを掘り起こして作り変えていくことが大切だと思っています。

例えば、
日本庭園にバラを植える。

それも一つの変革だと思います。
しかしながら既存のバラでは何か私の中に違和感がある気がしています。
そこに私のバラの育種の一つの目標があります。
バラに合うように庭を変えるのではなく、バラを少しだけ日本庭園の側に近づけることが出来ないかと思っているのです。
今は樹形そのものが美しいバラをイメージしているのですが、
今回のテーマ「庭師とバラ」が鍵になる気がしています。

バラのことはたとえ知らなかったとしても、素晴らしい庭師の持つ感覚は間違いなく優れたもので、その庭師の持っている、あるいは求めている日本文化の本質的なるもの。それらをバラに持たせることが出来たら。
これまでの日本庭園の形式や神社仏閣にも合うような、いままでとは違う価値観のバラを生み出せるのではないかと思うのです。そして、いつかそんな庭師が自信をもってお客さんに薦めることが出来るようなバラを生み出せたらと願っています。

記事を作成するにあたり参考にした書籍

注1)御巫 由紀 著『野ばらハンドブック』(文一総合出版、2019)4ページ

注2)記事を作成するにあたり参考にしたサイト

【茶花】禁花を考える | 池袋に近い板橋「橋袋」の茶道の教場《月桑庵》~習心帰大道~ (ameblo.jp)

池袋に近い板橋「橋袋」の茶道の教場《月桑庵》~習心帰大道~  【茶花】禁花を考える2023/1/8