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2025.07.06

十六夜

皆さんは十六夜バラというバラの名前をきいたことがありますか?
十六夜バラは沢山の花弁を持つ美しいバラです、その欠けたような花形から日本では十六夜バラという美しい名前がつけられました。

「十六夜(いざよい)」は、日本の古典文学や詩歌の中で登場する美しい月の形容です。具体的には、満月の夜(十五夜)から一日遅れて昇る月のことで、その姿が少し欠けていることが特徴です。十六夜の月は、完全な満月とは違う「儚さ」や「物悲しさ」を感じさせる存在であり、そのため古くから日本の美意識に深く根付いています。

こんなにも美しい名前をつけられたバラをどれだけの人が知っているのでしょうか?
このバラは儚い印象の名前とは裏腹に枝葉や実は非常に造形的です。私は、その造形性にもとても惹かれています。今回は私が好きなこの十六夜バラの代表的な近縁種のことを書いてみたいと思います

■基本3品種

基本種は下の3品種になります

①Rosa roxburghii plena十六夜バラ 八重

②Rosa roxburghii normalis 十六夜バラ一重(中国サンショウバラ)

③Rosa roxburghii hirtula サンショウバラ

(私にとって一重咲きのものに十六夜という名前を残すのは無理があるような気がしていて、日本の近縁種であるサンショウバラというバラの中国のものという意味の中国サンショウバラという呼び方の方がしっくりきています。)

■ロクスブルギーの由来

ちなみに、学名のロクスブルギーという名前の由来は次の通りです。

スコットランド生まれの医師でもあるウイリアム・ロクスバラ博士Dr. William Roxburgh(1751-1815)からきています。彼がカルカッタの植物園で園長をしていた時にイギリスへ送っていた植物の中にこのバラがあり、博士の死後1915年頃から彼の名前を冠しロサ ロクスブルギーRosa roxburghiiと呼ばれるようになったようです。ちなみに博士は当時小さい葉という意味でロサ ミクロフィラRosa microphyllaという名前をつけていたようで、古い文献にはこの名前が記載されていることもあるようです。

日本では馴染みはありませんが英語圏では栗のようなトゲの実がなるという意味でチェストナットローズChestnut rose呼ばれているようです。

■美しい造形

この3品種に共通したものの美しさは花だけではなく蕾、実、枝、トゲすべてにおいて他のバラとは違う独特な美しさを持っています。
花だけが注目されがちなバラにとってある意味特別な存在かもしれないなと思っています。蕾を包み込む萼は美しい造形を持ち萼や子房は淡い緑色の透明感のあるトゲで装飾されています。その沢山の刺は韻を踏む詩のように連なります。小さな葉の複葉はどこか涼しげで、一般的なバラよりも軽やかな印象を与えてくれます
秋に黄色く熟すハリセンボンのような実もとても造形的です。
さらに枝は白い骨のような質感を持ち、魅惑的に剥がれ落ちる表皮、それらとは対照的なシュートの色彩。なんて魅力のつまったバラなのでしょう。

花だけを追い求めて、その美しさに気が付かないのはもったいないことだと思っています。

続いてこの3品種の違いを見ていきたいと思います。

■それぞれの品種の違い

①Rosa roxburghii plena 十六夜バラ 八重

沢山の花弁を持つ美しいバラです、先に述べたようにその欠けたような花形から日本では十六夜バラという美しい名前がつけられました。返り咲きも多少あり樹形は低くテーブル状に広がります。

私の経験上、実はほとんど付かないと思っています。昨年初めて実が付きましたが種は出来ませんでした。

所説あるでしょうがRosa roxburghii plenaはRosa roxburghii normalisの変種またはなんらかの交配種だとして間違いないと思われます。

②Rosa roxburghii normalis 十六夜バラ一重

このバラはRosa roxburghii hirtulaと非常によく似てはいますが、中国原産で花色はより濃いピンクです。樹形は斜め上方向に直線的に伸び多少暴れ気味ではあると思いますが、もし奔放に枝を伸ばせるのであればその荒々しさが逆に美しさを醸し出してくれると思います。

このバラのシュートの色は冬でも緑のものが多い気がしています。

そして何より素晴らしいのはその実付きです。Rosa roxburghii hirtulaは早くから実を落とすことが多いですがこのRosa roxburghii normalisは実を完璧に秋まで保ってくれます。

ローズヒップを、お庭でオーナメンタルな素材として楽しむならこのバラがお勧めです。

このローズヒップは中国の貴州省で400年以上前から利用され現在もそこの名産になっているようです。中国では刺梨(ツーリー)と呼ばれ、お酒、砂糖煮、ドライフルーツとして利用されてきたようです。

このローズヒップは生で食べると酸味と渋みと香りそしてシャキシャキとした食感が特徴です。生で食べるには独特の風味かもしれません。

新鮮な果物のビタミンCの含有量はレモンの5~40倍程と言われており、ビタミンA、ビタミンE、ミネラル元素も豊富で、その中でFe、Mn、Zn、B、Cu、P、K、Caの含有量が多いということが分かっているようです。

中国では標高500m~1500m位の寒暖差ある場所が栽培の適地のようで、私の暮らす関西では暑すぎるのかもしれませんが沢山の実をつけてくれます。

前に山梨に住んでいた時に標高900mくらいの所で地植えにしていたのですが、厳しい寒さの年には枝枯れをおこすことがありました。寒さにはRosa roxburghii hirtulaの方が間違いなく強いでので、寒冷地の方にはRosa roxburghii hirtulaをお勧めします。

★ r.roxburghiiのローズヒップのドライフルーツの作り方

折角ですのでローズヒップのドライフルーツの作り方を書いておこうと思います。

このバラの花を見るだけでなく全てを味わうことで今まで見ていたバラとは違う世界が見えてくるかもしれません。

1 トゲをこすり取る(軍手をはめて手でこするとよく取れます)

2 洗う(トゲのごみをきれいに取り除いて下さい)

3 軸とヘタを切り取り、半分に切り種を取り出す

4 湯でる(火が通ればO.K.)

5 砂糖をしっかりとまぶし3時間程漬ける

5 乾燥させる(私はフードドライヤーを使い45℃で8時間の設定で乾かしました。)

私は乾燥剤を入れてジップロックに入れ冷蔵庫で保管しています。

このローズヒップ自体には甘味が少ないので砂糖で漬けてから乾燥させるのがいいと思います。砂糖煮を試してみましたがドライフルーツの方が独特な渋みも抑えられ個人的には美味しく食べやすいと思っています。簡単ですので、みなさん試してみて下さいね。

③Rosa roxburghii hirtula サンショウバラ

このバラは日本の箱根、富士山付近に自生します。Rosa roxburghii normalisととても似ていますがより花色は薄く、花弁の端ほど濃くなり花色のグラデーションが美しくバラです、寒冷地ほどそのグラデーションがでるような気がしています。葉はこの近縁種の中では一番複葉の数が多く、名前の由来でもあるサンショウの葉によく似た形状をしています。シュートは冬の寒さが訪れるころには綺麗なあずき色になります。バラの実は落ちやすいようでなかなか秋まで残ってくません。樹木のように育つ性質を持っていて、木のように育つ唯一のバラです。樹高は5m~6mにもなります。もともと標高の高い場所に生息するバラですので暑さには決して強くないとは思いますが西日が避けられる湿潤な場所であれば暖地でも栽培は可能ではないかと思っています。このバラのローズヒップは日本ではなぜか食用としては用いられてきませんでした。そのはっきりとした理由は分からりませんが、自生している場所が箱根や富士山付近の高地に限られていて手にはいりにくかったことや、実が落ちやすいということが理由立ったのかもしれません。

まだまだ違いはあるのかもしれませんが私の知るこれらのバラの違いはこれくらいです。

日本と中国では出回っている苗も違うかもしれませんのでまだまだ観察が必要だと思っています。今回ご紹介したバラは近縁種ではありますがそれぞれに違いがあり面白いと感じています。本当に素晴らしいバラなので是非一つは皆さんのお庭やベランダで試してみてほしいと思っています。

話は少し変わりますが、最近こうやって違いを見ていくことにどんな意味があるのだろうとよく考えます。
私は植物の違いをみていくことは、その違いが何を語っているか耳をすまし、話をきくようなことだと思っています。
植物の話を聞くとは不思議に思われる方もいらっしゃるかもしれませんね。

人と人は言葉を通してコミュニケーションをします、
人と植物とはどうやってコミュニケーションをすればいいのでしょう?
私は観察すること、それこそが言葉に頼らないコミュニケーションの一つなのではないかと考えています。
私の場合、バラの写真を撮ることで個々のバラが持っている個性をより鮮明に感じ、それぞれのバラの魅力を発見し続けています。
長く見続けた人、観察を続けた人にしか分からない違いというものがあり、その微妙な違いを気づき感じとれるかということが重要になります。植物をうまく育てるためにも必要なスキルであり人と植物とのコミュニケーションにとって最も大切なことではないかと思っています。
こんなことを考えていると、ひょっとしたら人と人のコミュニケーションは言葉に頼り過ぎているのかもしれないと思います。言葉だけに偏らず、よりお互いが本当の意味でしっかりと見つめあい、観察しあうことで分かり合えることもあるのではないでしょうか。
違いを見ることは相手を理解するための方法なのだと思います。

■学名そして多様性

最近バラの原種を扱っていて思うことがあります、植物を区別する学名と呼ばれるものは、あくまで流動的な物であるものを仮に人間が固定しているに過ぎないということです。
自生地には学名の指し示す唯一無二のものばかりがあると思い込んでしまいますが、バラは自然交配しやすく自生地ほど変種が沢山存在するものです。
私が探求している原種バラにとって、もともと多様性とは生き残るための戦略です。そこに優劣はなくその場所に適応していった結果があるだけです。バラ自身も決して品種を固定されることは望んではいないでしょう、バラの実生が同じ物にはなりにくいのは、自分から変わっていくことを求めているようでもあります。
そう考えると人間だけが変わりゆく物を固定しようと必死になっているのが不思議ですよね。
私は変わりゆく物、その多様性をそのまま愛せたら素晴らしいと思っています。

とはいえこれから苗の販売をしていく私自身としては、売買されるものの学名の正しさは非常に重要で、販売する側は細心の注意を払う必要を強く感じています。ですがその上で学名に縛られることなく、その品種の多様性をさらに広げて皆さんに届けられたらと思い、変種が生まれやすい種から育てた実生苗を少しずつ生産しています。花を見るまで販売も出来ませんが原種バラの多様性を知る面白い取り組みになると思っています。

■おしまいに

今回、十六夜バラについて色々と考察を繰り返してきましたが。
私が探しているものは「十六夜」という言葉が示すような、「完璧ではなく儚く欠けた不完全な美しさ」なのかもしれないと思っています。
それは現在、私たちが認知している美しさの周辺に漂う言葉にならない言葉を汲み取るようなことなのかもしれません。
どれだけ時間があっても足りない気もしますが、自分に与えられた時間の限り向き合っていきたいと思っています。

最後に、植物がいつも私に語りかけてくれることがあります。
それは、静かに観続けること、静かに行動し続けること、そして静かに待ち続けることです。
世界は急には変わりませんから。